足摺旅行記

足摺夕景

2009年10月17日更新

我が家から四国八十八カ所巡りをする場合、一泊覚悟の遠隔地となり、なかなか足を延ばせなかった足摺方面へようやく行く事が出来ました。

四国には再々行っていますし、高知へも年に何度も行っているにも関わらず、意を決しなければ、なかなか足摺まで足を延ばせないのはひとえに道路事情の悪さが原因です。
3月に徳島から高知東洋町を回って国道493号線経由で 第27番 神峯寺を経て、中土佐に行ったのですが、その日、自民党の票集めの為の下らない馬鹿げた政策(例の高速料金値下げ!)のおかげで大渋滞に巻き込まれ、結局、中土佐に到着したのは夜の19時。
いつもサバ寿司をお願いしているお店にも大変な迷惑を掛けてしまいました。
それからと言うもの、四国行きが少々勇気のいるものになってしまったのです。

とは言うものの、八十八ヶ所巡りを完結するにはいつか行かねばならない。
そんな決意を胸に、いよいよチャレンジする事にしました。

9月のシルバーウィークも大変な渋滞だった様なので、3連休の10月10日〜12日を予定し、更に、シルバーウィーク中の出張の代休を13日に設定。
12日深夜に帰宅する事として計画を立てました。

10月10日(土) 快晴
朝7時出発。神戸までが問題かなと思いながら、阪神高速の案内を見ると意外にも渋滞2km。
「これなら大丈夫かな。」と阪神高速を利用する事に。
すると、魚崎付近で渋滞に・・・
「えっ!いつの間に長くなったの?」
と、思いつつ進むと、事故渋滞。
ようやく通り過ぎて、淡路自動車道に入ると、津名一宮から洲本に掛けて約2kmの事故渋滞。

旅慣れない人の交通事故が多くて本当に迷惑します。

何とか、20分程度のロスで切り抜け、高松道に。
いつもなら朝食は香川のうどん屋のどこかと決めているのですが、さすがに、この日の夕食は高知の「いろりや」と決めていたので、パス。
津田の松原サービスエリアの「あなぶき屋」でモーニングうどんとなりました。
サービスエリアのセルフの店と言う事で侮るなかれ、そこはうどんの国 香川の事。
充分にうまかった。

  

いけね! 写真撮りそびれた!(うどん一口食っちゃってます!)

高松道から松山道へ、そして川之江ジャンクションから高知道へ。
南国インターに着いたのは11時。

14時過ぎには中土佐にいなければならない。
さあ、3寺巡るのに果たして間に合うのか・・・

第28番 大日寺に着いたのは11時半。
第29番 善楽寺が12時半。
これは、どうだろう?
何とかなるかな?

高知インターから再び高速に乗り、土佐インターで降り、土佐市内を抜けて第36番 青龍寺へ。
第36番 青龍寺へ向かう宇佐大橋の上で3羽のトンビが餌を巡ってすさまじい空中戦をしているのを10m先に見ながら通過。
(『水曜どうでしょう 〜四国八十八ヶ所2』で大泉さんが鼻唄を歌っている場所です。)
青龍寺到着は13時過ぎ。
ギリギリです。

そこから県道23号線を経由して、中土佐の久礼大正市場へ。
宿には夕食が無いので、大正市場の一番奥の鮮魚店で鰹とウツボのたたき、それから、ウルメイワシの刺身があったので購入。
他にも欲しい物があったのだけど、今回は明日1日車での移動となるので泣く泣く断念。

無事サバ寿司も手に入れて港近くで遅い昼食。
次にうどんが控えているので我慢するのが大変。

今日のサバ寿司は、また抜群に美味しかった。

    

左より 中土佐久礼大正市場、サバのチョボ漬寿司、黒潮本陣

以前、『おにぎりあたためますか』で大泉 洋、戸次重幸、佐藤麻美の通称 豚一家訪れた黒潮本陣脇を通過して(ここの温泉は塩水ですがなかなか良いです。)、海岸沿いから四万十町(旧 窪川町)を目指しました。
途中で国道56号線と合流するものとばかり思っていたら、女房が「止めて戻ったほうが良い。」と言い始めました。
でも既に9kmも来ているし、残り20km。
今さら引返すのもめんどくさい。

・・・と思っていたら。

ハイ! やっちゃいました。

四国モード。それも高知モード全開のとんでもない山道登場。

いや、これは今までに無いほどの悪路。


急坂、ヘヤピン、ガードレール無し。


落石、流水、落ち葉の山。


しかも数日前に巨大台風が去った後。


途中で引返そうにも待避所すらない。

対抗車来たらおしまいです。

女房は途中でだんまりしてしまうし、こちらまで滅入って来た。



ようやく、ようやく山道を降り終えた時、今回ばかりは正直ほっとしました。

いやはや、ナビの言う事は聞くもんだ。


四万十町を超え、四万十市(旧 中村市)へ、途中の黒潮町に目指すうどん屋『いろりや』さんがあります。
『水曜どうでしょう 〜四国八十八ヶ所2』ではここで大泉さんが数珠を無くし、『〜四国八十八ヶ所3』では、ここに行きたいが故に特殊効果で第38番 金剛福寺を行った様に見せかけたにも関わらず、定休日で食べられなかったと言う、あのお店です。

さすがに、1時間ほど前にサバ寿司を食べたばかりに、女房、娘はあんまりお腹が減ってなさそうです。

    

左より 国道沿いの看板、いろりや全景、店内の様子

  

ざるうどんと肉醤油うどん

結局、女房と、娘で、ざるうどんひとつと僕が肉醤油うどんを注文。
時間は16時と条件的には良くないにも拘らず、おいしいうどんでした。

香川より高いのは玉に瑕。

肉醤油うどん。旨かった。



さて、いよいよ今日のお泊りの宿を目指します。

実は足摺のホテルを探したものの、リーズナブルなホテルが見つからず、ペンション風の宿にしたのですが、一人一泊3000円と言う値段に、「とんでもないところじゃあるまいか?」と疑問を抱いていました。

とりあえず、食料はあるものの、飲み物が無かったので、土佐清水で購入。
残念ながらスーパーを探すものの見つからず、コンビニに行きました。
そして、宿へ、
先に温泉に行く事も考えたのですが、とりあえず宿の様子を見た上で判断しようと思ったのです。

足摺スカイラインに入ってまもなく、大阪の観光バスに道を阻まれました。
おかげで後ろは大渋滞。
バスは全くお構いなし。
すると右手に物凄い夕景が開けたのにまたビックリ。
写真を撮りたいのに良い場所も無い。

刻々と陽は傾いてゆくのですが、バスはノロノロと走るばかり。

車を停める良い場所も無い!

そうこうする内にようやく宿の入り口の看板が見えました。
急いで車を走らせ、宿の駐車場に車を停め、見晴らしの良い場所に行くと、感動的な夕焼けを見る事が出来ました。

  

足摺の夕焼け

    

お宿の様子

宿に入ると、外国人っぽい人がひとり。
「すみません。予約した者なんですが・・・」と声を掛けると
「はい、いらっしゃいませ。」
聞くと、イギリス人との事。

お名前を聞くとアーサーさん。

「おっ、偉大な王の名前ですね。」

オーナーなのか、宿の係りの方なのか聞きそびれたのが残念です。
(せめて写真くらいは撮りたかったのですが・・・)

宿の中身はと言うと、
高級じゃないけど充分です。
広さも、快適さも。

ところどころ壁紙が剥がれかかっていたのがご愛嬌。
でも、予想以上にいいところでした。
キッチンも風呂もトイレもあるのですが、やはり、出来れば広い風呂に入りたいと言う事で、荷物を降ろすなり足摺温泉に行く事にしました。

向かったのは国民宿舎 足摺テルメ。

    

左より 外観二景、温泉への通路

途中、いくつか温泉もピックアップしていたのですが、結局宿から近いという事で、ここに落ち着きました。
時間も良かったのか、ほとんど貸し切り状態でした。

入浴後、足摺岬の灯台を見に往きました。
灯台だから灯りを頼りにいけば良いだろうくらいに思っていたら、いつのまにやら通り過ぎた様です。
引き返して駐車場を見つけて、納得。
灯台は海に向かって光を放っているので、陸地へは灯りは届かない様に工夫しているのです。
さすがに、灯台への道は夜間イノシシが出没するとの事で断念しました。

宿に戻って、ふと空を見上げてまたビックリ。
満天の星空です。

先週、娘と大阪市立科学館でプラネタリウムを見たのですが、それ以上。
天の川の星さえ識別出来そうです。

何とか夏の大三角形を探そうとしたのですが、どの星も大きく見えてさっぱり要領を得ませんでした。

でも、この夜空の美しさが見れただけで随分と幸せな気分に浸れました。

テレビをつけてみたところ、宮崎のNHKと民放局のわずか2チャンネルしか見られませんでした。

中土佐で手に入れたサバ寿司と、鰹とウツボのたたき、ウルメイワシの刺身でささやかな夕食です。

いやぁ、旨かった。

    

左より 鰹のたたき、ウツボのたたき、ウルメイワシの刺身


10月11日(日) この日も快晴
7時過ぎに起き出して、8時前に出発しました。
昨日通った足摺スカイラインではなく、宿から海岸線に通っている道がある筈だと考えて、どんどん坂を下りる事に。

またまた、狭く険しい山道を下ります。

ようやく三叉路に出たのですが、険しい崖沿いの道です。
「またやっちゃったかな?」

    

左より 宿からの風景、宿の外観(ペンションタイプ)、今日も朝から絶景

それでもしばらく走ると人里らしい風景が広がり道も広くなりました。
昨夜通過した道に合流し、ようやく足摺岬の突端に到着。
もうそこが第38番 金剛福寺です。
意外にも駐車場はほぼ満杯。

運よく車が出たのでそこに駐車して、まずはお寺参り。

そして足摺灯台を散策する事にしました。
雄大な太平洋の景色に、娘も感動。
何度来ても、瀬戸内育ちの身には太平洋の雄大さに圧倒されます。

    

左より 足摺灯台、展望台より太平洋を望む、ジョン万次郎像

次に向かったのは竜串です。

竜串は奇岩で有名な場所です。
ここは礫を多く含む砂岩の地層でやわらかい砂岩が荒波に浸食され、礫が露出し、またその礫が砂岩を削る為に不思議な穴ぼこだらけの景観を現出しています。

ゆっくり見れば良かったものを、僕の記憶違いで、入り口辺りを見ただけで引き返してしまい、すぐ近くの海中展望台へ移動してしまいました。

    

左より 竜串、奇岩の基、本当はこんなにあったのに・・・

実はこちらの海中展望台の近くにも奇岩があるので、すっかりそれと勘違いしていました。

    

左より 海中展望台、奇岩、千のこしかけ、鯨のひるね

    

海中展望台での出会い ハリセンボン、熱帯魚も、うわっ!

中学に入って理科部に入った娘は興味津々。
女房ともども、次々に登場する魚に見入っていました。

次に向かうのは宿毛の第39番 延光寺。

しかし、とにかく朝食抜きでお腹がすいた。
そこで、途中の海の駅で車を停め、昨日の残りのサバ寿司と、おまけにもらったカツオ飯、そして土佐清水の足摺黒潮市場で買った清水サバの竜田揚げで遅い朝食。
いやはや、お腹が空いていたせいか、どれもおいしい事。

腹ごしらえもすんだところで、宿毛へ移動。

第39番 延光寺へのお参りを済ませ、宿毛港へ。

ここは『水曜どうでしょう 〜サイコロ2』で九州佐伯からフェリーで到着した場所です。
ところが、「ようこそ高知へ」と言う看板が見当たらない。
どうやら帰宅してビデオをチェックしたところ、間違いなく、宿毛港で撮影しているのですが、あの看板は撤去された様です。
(国道56号線への案内表示は残っていたので場所は間違いありませんでした。)
しかたなく、近くの看板を撮影。
一瞬、カメラをパンした際にこの看板が映っていました。

『水曜どうでしょう 〜サイコロ2』で一瞬映る「ようこそすくもへ」の看板

次に訪れたのは愛媛県愛南町御荘にある第40番 観自在寺
今回予定した最後のお寺です。

これで、四国八十八ヶ所巡りも、無事徳島、高知、愛媛を終了し、残すは香川の2寺のみ。

お寺参りの後、同じ御荘にある紫電改展示館を見物に行きました。
ここには太平洋戦争末期、松山で西日本防空の任に当たっていた343航空隊から飛び立った、日本海軍の事実上最後の制式戦闘機である局地戦闘機 紫電改が近くの久良湾に不時着水していたものが、30年前の1979年に発見され、その後引き上げられた機体を展示しています。
(注:日本海軍最後の制式戦闘機としては艦上戦闘機 烈風が存在しますが、実戦配備される前に終戦になりましたので・・・)
日本に残る紫電改としては唯一の存在で、パイロットの遺体は見つかっていません。
この日未帰還になった6人のパイロットには、『蒼空の器』の主人公、鴛淵大尉も含まれており、その誰かは今も不明です。

プロペラは不時着水の衝撃で根元より曲がっており、また長年海水に浸っていた事から、腐食の激しかった場所は製作した新明和工業(旧 川西飛行機)で外板が張り替えられています。
動翼部(エルロン、エレベータ、ラダー)は本来布張りなのですが、当然布はなくなっており、骨組みのみが残っています。
とても保存状態としては良いとは言えないのですが、戦争の厳しさをまざまざと見せつけてくれます。

女房、娘共にその大きさにはビックリしていました。

    

    

紫電改展示館にて

いよいよ、全ての予定をこなし、実家へ移動。
実はその途中。国道56号線を走りながら、『水曜どうでしょう 〜四国八十八ヶ所2』で大泉さんがマイケル・ジャクソンの『マン・イン・ザ・ミラー』を歌った場所や、『 〜四国八十八ヶ所3』で藤やんが突然酒まんじゅうを買いに走った店を発見。
娘と大いに盛り上がりました。

帰宅して走行距離を調べると1200km。
道理で疲れる訳です。

でも満足の3日間でした。


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